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□Rainy Season
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雨の匂いが、辺りを包んだ…








Rainy Season







ずぶ濡れとはいかないが肩などの一番に濡れる場所は段々と水気を帯びて重くなってきた。
髪からも水が滴る。


人気のない庭の、ある花壇を前にして、ぼくは一人立ち惚けていた。

こんな場所だからあまり人も立ち寄らない。
警備もいないから今は本当に一人だけで。



悲しい事があったとか、そういう訳ではない。
部屋に戻れば愛しい恋人もいる。

だがなんとなく今は、こうして雨のもたらす恩恵を静かに授かっていたいと思ったのだ。



人の声や鳥や動物達の鳴き声など、余計な音は一切していない。



ただ雨が地面を打つ音が、

動きを止めている噴水の中に混じる水の音が、

そしてぼくという媒体を通して再び地面を目指し流れ落ちる音だけが…











今の周りの全てだった…





その一つ一つの小さな音が連続的に、
どこまで続いてるのか分からない程の広範囲に渡って…

小さくて、大きな存在である事を響かせている。

静かに、だが力強く。




手を空に翳すと、指と指の間からポトリ、と水滴が零れ落ちて新たな音が生まれた。



「お前との始まりも、こんな雨の中だったな…」


目線を下へ降ろして、まだ夜にならなければ開くことのない小さな花にそう話しかけた。

そう、あれはユーリに初めて出会った、その次の日の事。


まだ今よりも未熟者だったぼくは、この眞魔国が、そして魔族こそが唯一気高く美しいという事を信じて疑わなかった。

勿論今とてそれに依存はない。
だがあの頃は我々の人種以外を最低と評していたのだ。
魔族にも中には盗人や罪を犯す者がいる様に、人間にも清い心を持っている者がいるという事に気付かなかった。
否、正確には信じてみることが出来なかった。

それ程に魔族と人間の溝は深い。


そんなぼくを変わらせるきっかけとなったのがあの日だった。



それまでは只の見た目が美しいだけの…半分は人間の血の混ざった、自分が次期魔王だと言うユーリを心の底から否定した。

気高い双黒といえどその無礼な振る舞いが無性に感に触り、決闘を申し込んだ。


そうして目の当たりにしたのはそれは見事な二匹の水蛇。

それまでと打って変わって現れたその力に魂の資質を見せつけられた。

あの突然降り出した豪雨の中で次代魔王であるユーリを、そのユーリから与えられた今のぼくの婚約者という立場を、
ぼくは、認めざるを得なかった。
…違う、あの時そう決めたんだ。
否定し続けていたにも関わらず、ぼくはその変化を意外にもすんなり受け入れる事ができた。



そして三日後。
初の魔術により倒れたユーリの気が付いた。

ぼくは初めて彼を『ユーリ』と呼んだ。へなちょことはいえ、『陛下』とも。



それはぼくからユーリへの第一歩目の踏み出しだった。






ユーリは…、

気付いてはいないのだろうけれど。




ユーリも目が覚めて、安堵したのも束の間で、ぼくは一人で行こうとしたユーリを後ろに乗せて兄上たちのいる紛争地帯へ向かった。


予想を大きく反した燃え盛る森林。
止めるきっかけはユーリの涙。


恐らく溢れ出した感情が無意識のうちに力を出したのだろう。






激しくて…だがそれはどこか優しい雨だった。










 それから短くけど決して浅くはない時を通して、ユーリは平和という目的の為に駆け回っている。


勿論ぼくも、たった僅かであってもユーリの役に立てればと思っている。

ユーリの傍に居たい、
この距離を離したくはない。



魔力の差は明らかで、結局はユーリに助けられるものだとしても…




ぼくがそう思うことはこれからも許されるのだろうか…?




****


















突然、降りかかっていた雨が止んだ。

「何してんだよ、ヴォルフラム」


手に半透明のモノを持って、現れたのはユーリだった。
心なしか息が荒い。捜させてしまった様だ。


「…濡れていた」
「んなこた見たら分かるわ!何だよそれ!!あ―あれか、つまり『水も滴るいい男』ごっこだな!くそ―こんな時でも絵になりやがって…狡いぞ」
「何をいっているのかさっぱりわからん」



無意識なのだろう、頬を膨らませてむくれている。
まったく。それを見たぼくがどう感じるかをお前は全く気付いてないのだから一層質が悪い。


「本当にただの気紛れだ。他には何もない」
「…あそ」


雨が降ればユーリを思い出す…
ただ、それだけの事だ。




「ヴォルフラムはさ、晴れの日と雨の日、どっちが好き?」

突然に掛けられた質問は今までの雰囲気を全く気にしないとても軽いもので、
しかしそんな問い掛けにも不快感一つ感じないのはそれがユーリだからだろう。

「お前はどちらなんだ、」
「おれ?ん―やっぱ晴れかな―!」

ほら野球できるしさ!
グラウンドの良好こそ野球には欠かせないじゃん?

納得できる答えだ。
やはりユーリには太陽が良く似合う。


「で?ヴォルフラムはどっちなんだ」

ぼくは…

「両方だな」
「は?またどうして…ってせっかく入れてやってんのにまたなんで出るんだよ」
「濡れたいんだ」


そういってユーリが持っていた物から身を離した。途端に掛かる水が心地良い。

だってさ、雨って濡れるし、じけじけするし下手したら風邪引くし、
グラウンドは復活するのに時間掛かるし、ボールの弾きは悪くなるし、走りにくいことこの上ないしおまけに視界は悪いし……あんま良いことないだろ?


ユーリの言葉に思わず少し笑ってしまった。人に聞く癖にそれではまるで完全な晴れ推奨者の言い分ではないか。
それもあくまでヤキュウ目線の。




もう既に濡れた手で水を受け止めようと、両手を前にだす。

ぼくによって地面に落ちる事を阻まれた水が音を立てながら次々に跳ねた。


「最初は雨は好きではなかった。ユーリと同じ、濡れる事も湿気帯びるのもな」
「じゃあ…」





双黒の魔王陛下にお会いしてからだ、





…というのは、今はまだぼくだけの秘密にしておこう。



「雨は恵みをくれる。草木に栄養を与え、飢えた民に希望を示し、世界に潤いをもたらす」


お前の存在がまさにそうである様に。



「つまり今ヴォルフは雨の恵みを受けている、と…」
「あながち間違いではないと思うぞ」
「ふーん」


雨が降ればユーリを思い出す…

そして思い出に浸りながらユーリとの今までを振り返るのも悪くない、そう思った。






「…何をしている」
「や、別に?おれも雨の恩恵とやらに授かろうかと思ってさ」
「止めておけ、濡れるぞ。それに…風邪を引く」
「それ、そっくりそのままお前に返すよ」


そう言いながら持ってきた物を器用に畳んで腕に掛けた。
確かに正論である。

「貸せ、持とう」
「ぇ、傘の事?別に重くないし平気…」
「いいから」


無理やりユーリからそれを奪って自分のの手に掛けた。

眞魔国にはこんなものはない。ユーリが流されてきたときに持ってきたのだろう。

「傘っていうんだよ。日傘とか太陽が眩しいと日陰をそれで作ったりする用途のものもあるんだけど、これは雨傘だから逆で雨から濡れるのを防ぐんだ」

前にアニシナさんに話したら是非見せて欲しいって頼まれてさ、これなら魔力も必要ないから安全かと思って持ってきたんだ。

ユーリはそう説明付けた。

「内側から雨が降る様を見られるんだな」
「あ―それはこれがその辺のコンビニで売ってるようなビニール傘であるからで…
ちゃんとしたやつは防水された布でできてるよ」
「大したものだな、」
「気に入った?欲しいならあげるよ?」

そんなお貴族様が使うようなちゃんとしたやつじゃなくて超々庶民用だけど…


そういってぼくの腕に掛かってる傘の持ち手にユーリは手をあてた。
そのユーリの申し出をゆっくり首を振ることで断る。

「なんで?おれ別にいっぱい家にあるから構わないよ?」
「そういう事ではない」


気付いてないのだこの双黒は、
例えどの様なモノであろうとそれを人に与えることが何を示すのかを…




「変なの…ぅわ、」

これ以上この話について喋られるのが面倒で、ぼくは未だに置かれたままのユーリの手の上に自らを重ねた。

無闇にモノを他人に贈るな、きっとそう言ってもユーリにはよく解らないだろうから…
だからまだ今は知らなくていい。


「ヴォルフラムの手、ひんやりしてる」
「ユーリのもな、ぼくよりはまだましか…だがあまり変わらないな」

熱を求める様に絡めると、僅かだが力が返ってくる。
そんな些細な事なのにいつまで経っても心が悦ぶ。


地を打つ雨が少し激しさを増して…
辺りには雨の匂いとほんのりと白い靄が広がった。

霧の様な視界がぼやけるその景色はなんというか幻想的で…

「綺麗、だね」
「あぁ」

ユーリの宿す漆黒は、こんな薄暗い中でも強くその存在を残している。
その偉大さを感じて、しかしそれでもこの濃い靄に掻き消されるのではないかと不安になって、
ぼくはユーリを思わず強く抱き寄せた。

息を詰めた小さな声がユーリから上がる。

「どうしたんだよヴォルフ、」
「ユーリを近くで感じたくなった」
「な、何言って…!」
「安心しろ、こんな靄では誰にも見えやしない」
「ぇ、…で、でも!誰か此処に来るかもしれない、じゃんか」

そう言いながらも、ユーリが腕を弱く回し返してきた。
警備も廻らない様な人気のない場所で、しかもこんな雨の中、今更人が近寄るとは思えない。
ユーリもそこは徐々に解ってはきているのか吐き捨てられた言葉は雨音に辛うじて聞こえる程の至極小さなものだった。



ぼくが思わず腕に力を込めたのは言うまでもない。



「あまり可愛い事を言ってくれるな」
「っ、ヴォルフラム!?」
「…そろそろ戻るか、本当に風邪を引いてしまう」


腕を解いてまた指を絡ませ歩き出せば、慌てた様に付いて来る。
まるで雨で滑るぼくたちの絡まりあった指を離さないとするかの如く…


「…ヴォルフラム。戻ったら風呂!風呂入ろう!」
「あぁ」
「も、体中濡れてぐちゃぐちゃだもんな―熱っつい湯に浸かろうぜ!」
「ユーリは長風呂だから逆上せない様程々にするんだぞ」
「わ―ってるよそんな事位!大体な、日本人は元来長湯な、へっくしゅん!」
「…髪もちゃんと乾かせよ」
「ん、おれも今、そう決めた」

たわいのない会話をして部屋への道を辿る。
振り返り廊下に目を遣ったら、ユーリとぼくの跡から沢山の水が残っていた。
雨でもともと濡れているとはいえ、これは後で侍女達に怒られるかもしれない。

…そしてきっと自分たちの姿を見たらすぐに王佐達にも。

「…何を笑っているんだユーリ」
「ん―。なんかさ、こんな姿見たらギュンターが卒倒するんじゃないかと思って」
「奇遇だな。同じ事を思っていた」

二人とも同意見なのだからこれはもう確定だろう。

「じゃあそうなる前に風呂場へ直行だな!」
「急ごう」


絡ませてた手を離さない様にして、ぼく達は速く歩く傍から路を作っていく。

どんどんと、止まることなく…

色々な苦情は目に見えているのだが、そんな者達に小言を言われて易々と消える程、ぼくたちの人生は浅く軽い道で出来てはいない事も疾うに知っている。


ぼくはそう信じているのが、どうだろうか、ユーリは?








いつかこの麗しの双黒にそう尋ねてみようと心に決めた、それはまだ止みそうにない静かな雨の日のことだった。












end.


 6/6

久しぶりのUPですね、そして久しぶりのほのぼのもの…
ヴォルフ視点って気持ちが正直で直線的なんで非常に書きやすいです。
どこかの天然思春期爆走少年よりかなり書きやすい←ぇ

こちらは本日お誕生日であらせられる雪世様に…
日頃のお世話と感謝の意を込めて…


そして梅雨入りを記念(何の記念?
しまして…

その名も、
『雨も滴るいいヴォルフラム』企画〜♪←は




濡らしてみたら美男子達は尚更美しくなりまして、見事に王佐殿は出血塗れになりましたトサ。


もし感想等ございましたらよろしくお願いいたします。
皆様のお心でチハルは今日も鉛筆を持ってはうねります。(ぇ



そしてこちら、仲良くさせていただいております、雪世さまのみ…煮るなり焼くなり好きにしたってあげてくださいまし…
お誕生日おめでとうございます!!
 

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